世界の「ありがとう」表現の多様性”10選

2025年1月26日 4:40 pm
「ありがとう」という言葉は、世界中のあらゆる文化で重要な役割を果たしています。英語の “Thank you” から日本語の「ありがとう」まで、感謝の気持ちを表す方法は実に多様です。例えば、スペイン語では “Gracias”、フランス語では “Merci”、中国語では “谢谢”(シェイシェイ)と言います。
これらの表現は、それぞれの文化や歴史を反映しており、言語学習の面白さを体感できる絶好の機会となります。海外で仕事をしたい人も必見の記事です。
 

珍しい「ありがとう」表現とその背景


 
世界には、一般的によく知られている言語以外にも、独特な「ありがとう」の表現方法を持つ言語が数多く存在します。今回の記事では、世界のありがとうに関する文化や歴史を紹介します。
 

日本語:ありがとう


 
日本語の「ありがとう」は、古語”有り難”から派生しています。この言葉は、”難しい”という意味に”有る”を加えたもので、直訳すると「珍しい」または「得がたい」という意味になります。つまり、昔は「あなたがしてくれたことは非常に貴重で、得難いことだ」という深い感謝の気持ちを表していました。
この表現が広まったのは平安時代(794年〜1185年)で、貴族や知識人たちが感謝を示す際に使用し始めました。江戸時代(1603年〜1868年)になると、庶民の間でも一般的に使われるようになり、日常的な感謝の言葉として定着しまします。江戸時代に「ありがとう」が広まった背景には、商業や町人文化の発展があります。その頃、感謝の意味を表す言葉として「かたじけない」が主流でしたが、日常的なコミュニケーションの中で、簡潔で使いやすい感謝の表現が求められるようになったのです。
このように、「ありがとう」は日本の文化や社会の変化とともに発展し、現代に至るまで日本人の感謝の気持ちを表す代表的な言葉として使われ続けています。
 

英語:thank you


 
英語の「thank you」は、古英語の”þancian 感謝する”から派生しています。この言葉は、プロト・ゲルマン語の”thankōjanan”に由来し、その根源は「思う」や「感じる」という意味を持つ”tong-“にさかのぼります。つまり、「thank you」は「あなたが私にしてくれたことを思い出します」といったニュアンスを含んでいると言えます。
最初に「thanks」という形が使われたのは12世紀以前ですが、その当時は現在のような単純な感謝の意味ではなく、”良い思い”や”感謝の気持ち”を表すものでした。現代的な使い方は、「I thank you」が短縮されて「thank you」となり、さらに短くなって「thanks」となる過程を経ています。
 

フランス語:Merci


 
フランス語の「merci」という言葉は、元々ラテン語の “merx”という”品物、財産”を意味する言葉が起源となっています。ラテン語は名詞が複雑に変化することをご存じの方もいらっしゃると思いますが、”merx”の変化形で”merces 報酬”や”mercēdem給料”という言葉が出来ました。日本語でなじみの深い”Market マーケット”も”merx”が語源です。したがって、人々は他者のサービスに対して感謝を表わしていたことが分かります。
9世紀末ごろより、”mercit”という形で”慈悲””恩恵””憐れみ”の意味で使われ始めます。その過程を経て、12世紀に感謝を表す言葉として記録されるようになります。
「Merci」が、感謝の言葉として使用された最古の記録は、1135年のLe Couronnement de Louis【ルイの戴冠】という叙事詩です。当時は”granz merciz”とスペルされていました。このように宗教的な文脈から日常的な感謝の表現へと変化をして反映していきました。
ちなみにフランス語で動詞で”感謝する”は、”remercier ルメルスィエ”です。17世紀まで”mercier”と”remercier”の2つの動詞が共存していましたが、その後”remercier”のみが残ったようです。
ブルガリアでも、フランス語と同じ「merci」を使用しています。これは、ブルガリアが、オスマン帝国から独立した19世紀、フランスがヨーロッパの文化的中心地であり、その影響を受けたためです。
 

スペイン語:Gracias


 
Graciasの起源は、ラテン語の”Gratia”です。”Gratia”は”恩恵”や”感謝”を意味する言葉でした。ラテン語で「ありがとう」と言う場合、「gratia」の複数形対格”gratias”を使用し、「Gratias tibi ago」(あなたに感謝します)と表現していました。ロマンス語の発展に伴い、スペイン語で「Gracias」という形に変化
ちなみに、スペイン語辞書では女性名詞の複数形として扱われています。
他にも、イタリア語の “Grazie” (グラッツェ)が、ラテン語の「Gratia」が語源をなって生まれています。
 

中国語:谢谢


 
古代中国語では、敬語や礼儀を表す語彙が非常に発達していました。”谢”という漢字も、古代中国語において既に使用されており、”感謝する””謝罪する”という意味を持っていました。この字は、儀礼や正式な場面で頻繁に使用され、相手に対する敬意を示す重要な役割を果たしていました。”谢”は主に公式な場面や文書で使用されていましたが、口語的な使用はあまりされていなかったようです。その文字を重ねた「谢谢」は、「感謝の気持ちを重ねて表す」という意味で使われ始めます。「谢」を重ねることで、感謝の気持ちをより強く表現したと考えられます。中国の儒教文化は、相手に対する敬意と感謝の表現が人間関係の基本とされ、「谢谢」はこの文化的背景の中で重要な位置を占めるようになります。中世~近世の商業の発展に伴い、日常的な感謝表現としての需要が高まりました。
現代中国語で「谢谢」は最も一般的な感謝の表現として定着しています。
 

ドイツ語:Danke


 
“Danke”は、ゲルマン祖語の”þankōną”に由来します。これは”þankaz”という名詞(感謝の意味)に動詞化接尾辞”-ōną”が付いたものです。”þankaz”は、印欧祖語の”teng- 考える、気づく”から派生した言葉です。
“þankōną”語頭*þ(無声歯摩擦音)がd(有声歯破裂音)に変化します。これは、ゲルマン語派の言語で見られる一般的な音韻変化の一つです。語中のkは変化せずに保持され、語尾の-ąは、古高ドイツ語で-ōnという形に変化しました。この変化は、ゲルマン語からより後期の言語への一般的な音韻変化の一部です。このようにゲルマン語から古高ドイツ語への一般的過程を経て、”þankōną”が”dankōn”へと変化します。これが中高ドイツ語では”danken”に変化し、現代では”danken”(動詞)に成りました。中高ドイツ語期で、”感謝する”という意味が強くなりました。
英語のthank、オランダ語のdanken、デンマーク語のtakke
、これらはすべてDankeと同根の言葉です。
 

アフリカーンス語:Dankie(ダンキー)


 
南アフリカ共和国で主に使用されている言語は英語ですが、公用語は11種類あり、アフリカーンス語もその公用語のうちの1つです。アパルトヘイト時代の言語というイメージが強く、一部の人が拒否感を持っていることもあり、地位が低下している言語です。
“Dankie” はオランダ語の “dank je” (ダンク イェ) に由来します。アフリカーンス語彙の90〜95%がオランダ語起源です。19世紀初頭のケープには約18,000人の住民がおり、そのうち7,000人がヨーロッパからの入植者でした。そのケープ植民地において、様々な言語や文化の交流から生まれた言語が、アフリカーンス語です。
17世紀から18世紀にかけて、ケープ植民地への奴隷の輸入が行われていました。奴隷が増えてくると、植民地内で生まれる奴隷の子供(子供も奴隷です)が増えてきました。第一言語(母国語)の違う人々が第二言語(共通言語)でコミュニケーションを取る場合、その共通の言語をリンガ・フランカと言います。ケープ植民地のリンガ・フランカはポルトガル語でした。そのため、奴隷への命令もポルトガル語が使用されていました。これが19世紀になるとケープ・ダッチと呼ばれるオランダ語になり、その過程を経てアフリカーンス語になります。
東南アジアからも奴隷が輸入されており、その時代に東南アジアの奴隷が使用していたマレー語の “terima kasih” (ありがとう) から派生した “tramakassie” という言葉も使われていました。
 

ナバホ語:Ahéhee’(アヘヘー)


 
ナバホ語は、アメリカ南西部に先住するインディアン部族ナバホ族の言語です。
南部アサバスカ語系(ナ・デネ系)の言語で、10万人以上の母語話者がいるインディアン最多話者言語と言われています。
ナバホ語の “Ahéhee'” (アヘヘー) は「ありがとう」を意味します。ナバホ文化では、感謝の表現が単なる礼儀以上の深い意味を持ちます。自然や精霊に対する感謝の気持ちを表すためにも使われることがあり、これは多くの先住民族の言語に見られる特徴です。ナバホ文化では「ホゾ」という調和や均衡の概念が重要です。”Ahéhee'” を使うことは、この共同体の絆を強める役割を果たす可能性があります。
ナバホ語は発音の抑揚によって語の意味が変わるトーン言語で、”Ahéhee'” の正確な発音にはトーンが重要な役割を果たします。ナバホ語は短母音に高 á 、低 a の2種類があり、長母音にはこの2つを組み合わせた高 áá 、低 aa 、昇 aá 、降 áa の4種類があります。”Ahéhee'”は高短母音éと、長低母音eeが入っている単語です。”Ahéhee'” の語尾にあるアポストロフィ(’)が声門閉鎖音(グロッタルストップ)を示しています。グロッタルストップとは、声帯を一瞬閉じて空気の流れを止め、その後再び開放することで生じる音声現象を指します。語尾にグロッタルストップがある言語は、欧米言語には見られない特徴で非常に珍しい言語です。
第二次世界大戦中、ナバホ語は米軍によって暗号として使用されました。その複雑な文法構造と発音が、日本軍にとって解読不可能だったためです。

 

アムハラ語:አመሰግናለሁ(アメセギナレフ)


 
アムハラ語は、エチオピアの公用語です。アラビア半島を中心とする西アジアおよび北アフリカに分布するアフロ・アジア語族(古くはセム語)派に属する言語としては、アラビア語に次いで話者人口が多い言語です。エチオピア土着のクシ語の影響を強く受けて発展し、13世紀以降、王国の宮廷語として使用されるようになります。19世紀末に書き言葉としての地位が確立され、それ以降独自のアムハラ語文学が数多く生み出されます。
アムハラ語は、ゲエズ文字(アムハラ文字)で表記されます。日本語のかなと同じく音節文字(一つの音が一つの音節を表す文字体系)で、左から右に書かれます。アラビア文字は右から左に筆記されるので、勘違いされる場合も多いため注意が必要です。
アムハラ語の動詞は人称、性、数によって活用され、”አመሰግናለሁ” は一人称単数形で、「私は感謝します」という意味です。አ (ア)動詞の接頭辞で「~する」という意味、መሰግን (メセグン)「感謝する」という意味の動詞の語幹、አለሁ (アレフ)一人称単数形の現在形を表す助動詞で「私は~します」という意味です。
 

クメール語:អរគុណ(オークン)


 
カンボジアで話されるクメール語で「ありがとう」は、អរគុណ オークンです。クメール語はアンコールワット建設時代から使用されてきた言語で、文字はインド系文字の一種で古代クメール帝国時代から使用されています。
“អរ” (オー)「喜ぶ」「嬉しがる」という意味の動詞に”គុណ” (クン)「恩」や「徳」を表す名詞で出来ています。直訳すると「(あなたの)恩に喜ぶ」という意味です。カンボジアでは、感謝の表現に丁寧さの度合いがあり、状況や相手に応じて使い分けられます。先生など目上の方にはオークンよりも丁寧なអរគុណច្រើន (オークン・チュラウン)、それ以上に敬意を表したい場合は、សូមអរគុណ (ソーム・オークン) を使用します。
カンボジアでは、お礼を言う際、合掌をします。カンボジアでは、お礼を言う相手が目上の人であればあるほど、手を合わせる高さを高くして合掌します。友人などの場合は胸の高さですが、両親や先生に対しての場合は鼻先の高さ、神様の場合は頭の高さです。
 

世界のありがとうを学んでわかる言語の歴史


 
いろいろな「ありがとう」をこの記事では紹介しました。普段の生活で何となく知っている言語も、初めて聞いたような言葉もあったのではないかと思います。どの言語でも「ありがとう」は人々の関係を良好にする言葉であることは間違いありません。様々な言語における「ありがとう」の言い方を学ぶことは、世界の言語と文化の多様性を理解する入り口となります。ただ、それよりも大切なことは、感謝の気持ちを伝えたいという自分の在り方です。様々な世界の言語を知ることであなた自身の見解を広げ、他人への感謝の気持ちをより深く感じられるようになった時、本当の国際人への階段を登り始めることでしょう。

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